2014年5月12日月曜日

なぜにHFTが儲かるようになったのか~~Flash Boysを読んで思うところ

前回に引き続きマイケル・ルイスのフラッシュ・ボーイズの読後感想。

そもそもなんでHFTが一般投資家から「抜く」ことが可能になったのかといえば、 1987年のブラックマンデーにさかのぼる。

1.マーケットメイクの電子化

ブラックマンデーの暴落時に、当時はまだ場立ちがいて人力で注文を受けていた。そしてマーケットメーキングという制度があり、マーケットメーカーになったブローカーは常に売買の気配を提示して、投資家の注文を受ける義務があった。

しかしブラックマンデー当日、10月19日、どこまで下がるのかわからない株式市場を見たマーケットメーカーは、恐ろしくて買いたくないので、実質的にマーケットメイクを停止した。具体的には投資家からかかってきた電話に出ないようにした。電話に出なければ注文を受けることはできない。

常に株式市場に流動性を提供するためにマーケットメイカー制度を作ったにもかかわらずこれでは意味がないということで、ブラックマンデー後に、電話に出ないといったやり方で注文から逃げることの無いよう、常に電子的に売買気配を出すシステムを導入した(Small Order Execution System)。

マーケットメーカー(ブローカー)たちはNasdaqの情報端末に 売り買いの気配値を入力するようになると、そのうちでも目端の利く人たちが、何らかの理由(担当者が居眠りしてたり二日酔いだったりetc.)で気配の変更が遅れたマーケットメーカーの注文を見つけて鞘抜きを始めた。最初はこの作業を人力で行っていたようだが、やがて端末からデータで情報を引っ張り出し、自動で裁定できるようにした。これがHFTのはるか昔の祖先ということになるのだろう。



2.二大取引所体制のおわり、取引所間競争のはじまり

こうした株の電子取引が広まっていくにつれてマーケットメーカーから鞘を抜くのではなく、そもそも取引所を新たに作ればいいのではないかという話になり、ArchipelagoとかIslandとかいったNYSEやNasdaq以外の私設取引所が誕生していく。取引所のビジネスモデルは集合の経済というか収穫逓増というか一か所に集中すればするほど価値が高まるので、本来であれば新興取引所に勝ち目はないはずだったのだが、新興取引所は果敢に参入した。その原因は独占で甘い汁(広すぎる売買スプレッド)を堪能していた既存の取引所にあるのだが、このあたりの経緯はScott PattersonのDark Poolsに詳しく書いてあるのでそちらを参照してください。

歴史的な経緯を踏まえたしがらみだとか職を失うスペシャリストをどうするとかそういった問題があるためだと推測するけどNYSEは取引の電子化に出遅れ、さらにNYSEの理事長の横領事件まで発生する。NasdaqはNasdaqでマーケットメーカーが談合してスプレッドを1/8ドル以下にしなかったとかいう問題で詰められて弱体化して、それ以外にも原因があるのだろうけど新興取引所に押されっぱなしになり、肝心の売買マッチングエンジンの開発でも後手に回った。といった背景を経てかつて株取引で圧倒的なシェアを持っていたNYSEとNasdaqはone of themとくらいにまで影響力を落としてしまう。(ちょっとこの辺の詳しい経緯は忘れたのでいずれ考察)



 3.取引所だって(今は)商売ですから


新興取引所の勃興と並行して2002年にNasdaqが、やや遅れて2006年にNYSEが自身を上場し四半期決算発表を開始した。当然恒常的な業績の向上(株価の上昇)を求められるようになる。取引所の収入は取引量に応じて増加するため、たまにしか注文を出さないウォーレン・バフェットのような投資家よりも小さく大量の注文を出してくれるHFT業者がありがたい存在になる。また、HFT業者にとってスピードこそが競争力で1ミリ秒の差が存亡にかかわることに気付いた取引所は、「場所売り」を開始した。取引所のmatching engineと同じ建物に注文用のサーバーを設置する権利が高く売れることに気づきそれを商売にし始めた。

Flash Boysによれば、ロワーマンハッタンにあるNYSEの立会場は4.6万平方フィートだったが、現在のNYSEの実質的な取引所(データセンター)は、取引が電子化されて小さくなるどころか40万平方フィートまで拡大した。NJの辺鄙な場所の土地が、NYSEのサーバーと同じ建物にあるというだけで何倍にも値上がりするのであれば、なるべく敷地を広くするのは合理的。

さらに加えて取引所はお得意さまであるHFTの注文が競合取引所に流れないように様々なサービスを追加していった。

呼び値の間隔縮小や注文処理速度の向上はその一例だが、100分の1セント単位で値段が動いたり、1ミリ秒単位で注文を処理するサーバーを導入したからといってHFT業者以外にさほどメリットはないだろう。

より質が悪いものは、flash orderと呼ばれる一部の投資家にのみ注文を早く見せる仕組み(批判にさらされたのでもう行われていない)や、Hide Not Slideといった特殊な注文形態の導入だ。詳しい仕組みは本を読んでほしいが、ルイスによれば、新たに導入された注文方式のほぼ全部が情報収集したいHFT業者のリクエストに応えたものである。例えば米国の株式市場で約定する注文のうちHFTの約定が占めるシェアは50%だが、注文におけるHFTのシェアは99%である。約定させる気のない注文はなるべく安いコストで獲物の情報を集めるための手段なのだ。



4. Reg. NMSの導入 そんなつもりじゃなかったのに・・・

Regulation NMS (National Market System)とは市場間競争を促すために2007年に導入された規制だ。2004年ころに、複数の市場で取引されている銘柄について、立会場で売買を突き合わせているスペシャリストが、投資家の注文を最良気配を出している市場ではなく別の市場に回して、投資家に不利な値段で約定させる、その差を自分で抜いてしまうという行為が問題になったことが背景となって始まった。

Reg NMSによって、ブローカーは投資家から受けた注文をすべての取引所に出ている気配のうち最良の気配(NBBO; National Best Bid and Offer)から順に約定させていくことが義務付けられた。例えばMSFT10000株の買い注文を成り行きで受けたブローカーは、一番安い売り気配が出ている取引所、例えばBATS、で100株約定させたのち、残り9900株の成行買い注文を次に安い売り注文を出している市場へと回送して次々約定させてゆく。

NBBOを担保するためにすべての市場に出ている注文の情報を集約したうえですべての市場に伝達するシステムがSIP(Securities Information Processor)だ。 それぞれの取引所は一番最初にSIPに気配情報を伝えるよう法律で求められている。SIPのおかげでブローカーや投資家たちは十幾つもある取引所を全部見て回ることなく、最良買気配と最良売り気配を見ることができるようになった。なんという投資家思いの素晴らしい制度!さすがアメリカさん!資本主義の殿堂!

しかし、SIPにまず情報を伝えなければいけないという法律はあるが、その速度については特に規制されていない。SIPを運営している取引所には特に気配情報を集約・伝達する速度を高めるインセンティブはない。かたやHFT業者は、SIPなどは見ずに直接各取引所にアクセスして最新の回線とルーターで情報を集める。つまり独自に「非公開の」自分専用のSIPを作ってしまっているのだ。そしてそれは禁止されていない。そのため一般の投資家はHFTよりも古い最良気配(NBBO)を見て、大げさに言えば1時間前の売買気配を見て取引している状態に置かれている。

どんな背景があっても最良気配から約定していかなければいけないというルールと遅いSIPがHFT業者のフロントランニングを可能にしている。一般の投資家を守るために施行されたReg NMSが、かえってHFT業者を利する結果になっているというのが皮肉。


いろいろ見てゆくとなんのことはない、かつて取引所でスペシャリストがやっていたのと同じこと、つまりは投資家の注文からちょろまかす、をHFTは洗練された形(より薄い幅でかつとてつもない頻度と速度)でやっているのだ。

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