2014年8月20日水曜日

財界二世学院が行方不明

山手線の田町駅を降りて第一京浜を品川駅の方向へ歩いていくと、途中に「財界二世学院」と看板の出ているビルが見つかる。住所でいうと東京都港区高輪2-19-20だ。電車からもよく見える。とても印象に残る名前なので知ってる人も多いだろう。ちょっと調べてみた。


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Wikipediaによれば、経営者が後継者への事業継承を適切に実施するための教育を行っているという。創立は1989年4月。建設・不動産業を行っていた小野寺紘毅という人が創立者だ。

ネットですこし調べてみたところ、予想通りなのだけれど、
どう考えても財界二世が通うとは思えない、ビルのしょぼさっぷり、ネーミングの恥ずかしさっぷり。
多くの財界人(二世)を輩出し、財界に強い影響力を持ち、莫大な資産を所有しているが、一般庶民の金銭感覚も学ばせるため、あえて質素な校舎で授業を行なう。
とか言われて小ばかにされている。また、財界二世学院に興味をもっていろいろ調べた情報は見つかるのだが、肝心のウェブサイトが見当たらない。どうやら公式サイトが存在しないようだ。

財界二世学院は毎年12月14日に、泉岳寺の行事、赤穂義士祭にあわせて赤穂浪士の扮装をしてパレードをしており、忠臣蔵ファンにはおなじみのようだ。しかし、学生を募集した形跡は2011年4月のところまでしか確認ができない。もしかしたら無くなってしまったのだろうか。

ちょうど品川に行く用事があったので様子を見てきた。

この通りいまもしっかり看板が出ている。


ちょっと見にくいけど、1階はセガフレードザネッティというカフェ、2階が山内農場(居酒屋)、3階が魚民(居酒屋)、4階が牛角(焼肉)で、財界二世学院は5階にあるようだ。


かつてはビル全体を学院が使っていたという話もあるので、相当規模を縮小したようだ。このビルは9階建なので9分の1に。

ところが、ビルの中に入り入居情報をみてみると財界二世学院はどこにも入っていない。


窓に「財界二世学院」と書かれている5階にはミャンマービザセンターが入っている。というかほかのフロアにもミャンマーが目立つ。これはいったいどういうことだろう。財界二世たちはどこへ行ってしまったのか。赤穂浪士は実はミャンマーに起源を持つということか。

簡単に調べられそうにはないので、財界二世学院の追跡はまた別の機会に。

これまでの情報でわかったのは「今は高輪のビルに財界二世学院は入っておらず、『財界二世学院』は雑居ビルの名称として用いられている」ということまで。

2 件のコメント:

  1. たぶん35年位前、新宿~代々木間の山手線で、同校の看板見たと思います。
    同級生に笑いねた報告しましたが、
    「妹が通っている」と言われ、倒れそうになった記憶あります。

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  2. 90年代のラジオCMがここで聴けます(5こめ)
    https://youtu.be/VBuHnj9nNyQ

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